It’s okay.(だいじょうぶ)
このことば以外には、ほとんどセリフがありません。
でも、このひとことが意味深いのです。
『Arctic』という映画。
絶望の際で、生きる望みをつなぐ話です。
北極地帯に不時着したパイロット、オボァガードは、極寒の地にひとり残されました。
ある日、救助に現れたヘリコプターも、強風のため、目の前で墜落してしまいます。
命をとりとめた瀕死の女性を介抱しながら、オボァガードは助かる方法を模索します。
女性は意識不明。容態は悪化する一方です。
オボァガードは、救助を求められる地点を想定し、決死の移動を決心します。
どれだけかかるかわからない距離。
ひとりでも助かるかどうかわかりません。
でも、病人をソリにのせ、雪山を越えてゆくのです。
オボァガードに、病人を見捨てる選択肢はありませんでした。
ふたつのいのちの望みをつなぐことが、心のエネルギーだったのです。
度重なる苦難にもめげず、意識不明の瀕死の病人に声をかけてはげまします。
It’s okay.(きっと、何とかなる)
あれこれと、を考える余裕はありません。
心身ともに、エネルギーの浪費は絶対に避けなければなりません。
Less option, more chance.(選択肢を絞れば、可能性はあがる)
Less waste, more hope.(浪費を減らせば、望みはふえる)
命がけの窮地でとった選択。
それは、頭で考えたモラルではありません。
いのちのみちびく方向でした。
ブッダの説話「仏の智慧」に、こんな話があります。
川で二人の女がおぼれかかっています。
岸辺であわてる男が、そばにいた修行者にたずねます。
おぼれているのは、私の妻と母。どちらを助けるべきか。
「近い方から先に助けよ」ということば。
大切ないのちに、母も妻もない。
どちらが大切かというモラル判断など、ない。
すぐに助けるだけ。
オボァガードは、再び、救助のヘリコプターを見つけます。
でも、むこうは気づきません。
オボァガードは、力をふりしぼってソリを小山にあげます。
服を脱ぎ、棒の先にくくりつけて、火をつけ、合図を送ります。
I gave all I had.(力を出し尽した)
登場人物も、場面も、セリフも、限られた作品。
共感のもたらす、清浄感があります。
出典:映画 『Arctic』(邦題:「残された者:北の極地」)、大和和尚『仏道にこにこ講話』