共感を、うつす。

ある写真の鮮明な記憶がある。

『ライフ』に特集された『排水管から流れ出る死』。ユージン・スミスは水俣の人々と共に暮らし、被害者家族との関係を築きながら、共同体の内側をを表現した。母に抱きかかえられて入浴する娘は、四肢全身が麻痺し、目も見えず耳も聞こえない。環境汚染による水銀の鉱毒が人間の中枢神経を破壊する事実。公害の被害者・遺族にふりかかった苦難の現実。その中で生きる人間の勇気。

古からいのちをつないできた土地の名前が「病気の名称」となり、それが「救済の線引き」対象にされたミナマタ。共に生きる人間に対しても、自然に対しても、「共感のまなざし」が欠乏する社会の現実。妨害の暴行にあって脊椎を痛め、失明しながらも渾身の仕事を続けたスミス自身はこう綴る。

写真は小さな声に過ぎない。だが、一枚の写真が人の心に響き、感性と理性の触媒となって、遠い人々への理解や共感をもたらすこともある。