毎日の一行を証とせよ
めんどうくさいからこそ、一行に集約して書くのです。答えを探そうとするのではありません。じぶんに問いかける (Ask yourself) のです。
気づくから書くのではなく、書くことで気づけるようになるのです。書こうとすることで、頭の中にある曖昧な「もや」に形を与えられます。その時はじめて、記憶に留まる情報になります。やりっ放しでは、練習の効果は得られません。メモをすること自体がプラクティスなのです。
何よりも重要なことは、じぶん自身が手本の声の主になりきろうとする心です。その思いがあるからこそ、日本語の運動スキーマ(自己流)をいったん手放し、没頭したフローの状態に入り、声の響きをより自然に再現できるようになります。あなたが「声になる」のです。
文字で知る単語ではなく、音と場面を瞬時に想像し、再現する練習が「聞く・話す」力を育てます。短時間に集中し、テンポよく思い出すことが、認知を鍛えるカギです。
ことばは、演じることで相手と心を通わせる行為です。心を込めて、本当に相手に語りかけるつもりですることが「演じる」ことです。そして、その心がプラクティスの原点なのです。
言語は、知識で覚えるものではなく、息を吐き、顔の形をつくる身体運動能力の獲得です。アゴ・ノド・舌・唇・歯・腹筋まで全身をフルに動かします。したがって、発音はその運動のメカニズムに従います。
場面を想像し、気持ちを込めてセリフを声にする練習で、意味の認知スキーマを育ちます。演じるつもりで声を出すと、自然にイントネーションもつきやすくなります。
聞きとれない最大の原因は、耳から入ってきた音と頭の中で覚えている音がまったく違うこと——このギャップにあります。文字を読むクセが発動すると、手本のリズム・音とのズレは縮まるどころか固定化し、いくら練習を重ねても上達しない原因になります。