見て聞いて比べ、文字に
じぶんが演じたセリフ音声を聞き、手本を聞き直して比べます。演じたことを確かめるこの過程が、練習の核心になります。
何よりも重要なことは、じぶん自身が手本の声の主になりきろうとする心です。その思いがあるからこそ、日本語の運動スキーマ(自己流)をいったん手放し、没頭したフローの状態に入り、声の響きをより自然に再現できるようになります。あなたが「声になる」のです。
文字で知る単語ではなく、音と場面を瞬時に想像し、再現する練習が「聞く・話す」力を育てます。短時間に集中し、テンポよく思い出すことが、認知を鍛えるカギです。
ことばは、演じることで相手と心を通わせる行為です。心を込めて、本当に相手に語りかけるつもりですることが「演じる」ことです。そして、その心がプラクティスの原点なのです。
言語は、知識で覚えるものではなく、息を吐き、顔の形をつくる身体運動能力の獲得です。アゴ・ノド・舌・唇・歯・腹筋まで全身をフルに動かします。したがって、発音はその運動のメカニズムに従います。
意味の認知スキーマを育てるには、場面を想像し、気持ちを込めてセリフを声にする練習が欠かせません。演じるつもりで声を出すと、自然にイントネーションもつきやすくなります。
聞きとれない最大の原因は、耳から入ってきた音と頭の中で覚えている音がまったく違うこと——このギャップにあります。文字を読むクセが発動すると、手本のリズム・音とのズレは縮まるどころか固定化し、いくら練習を重ねても上達しない原因になります。
そもそも「ことばを使える」とはどういうことでしょうか。食べる、歩く、聞く、話す——これらは母語なら誰もが100%無意識にできる動作です。少しでもズレれば成り立たないような、精密で連続的な身体運動です。