Empathemian, 『Future is within now』

Life enfolds.(いのちは、内側へたたまれる)

まなざしが、ことば。
手の温もりが、ことば。

指に入れる力が、ことば。
うなづきの間合いが、ことば。

耳をすませる静けさが、ことば。
声をしぼり出す吐息が、ことば。

口を動かそうとする気配が、ことば。
ことばが届いたとわかる仕草が、ことば。

半身が動かなくなったこと、ではなく、
ことばの声が出せないこと、ではなく、
表情が微かになったこと、ではない。

いま、向きあっている姿は、
持てる力をすべて尽くして生きる母。

道元禅師『正法眼蔵』にこんなことばがあります。

生といふは、たとえば、人のふねにのれるときのごとし。
このふねは、われ帆をつかひ、われ舵をとり、われ竿さすといへども、
ふねわれをのせて、ふねのほかにわれなし。
われふねにのりて、このふねをふねならしむ。

生きているということは、人が舟に乗ったときのようなものだ。
その舟を、ほかのだれでもない、このじぶんが帆を張り、舵をとり、竿をさし、操っている。でも、舟がじぶんを乗せている。舟の離れては、じぶんはどこにもいない。

いのちがあるからこそ、じぶんがある。
同時に、じぶんが生きているからこそ、いのちは、いのちとしてあらわれる。

作(文・挿絵・声に出すことば):坂口立考
出典・参照:『正法眼蔵』「全機」、以下のエンパレットノートなど