
Voices cross the ocean.(声は海を渡る)
1886年、イタリア王国の作家エドモンド・デ・アミーチスが書いた小説に、『クオーレ』があります。
クオーレとは、イタリア語で「心」という意味です。といっても、ほとんどなじみがないでしょう。
『クオーレ』は、エンリコという小学校3年生の日記と、両親がエンリコに宛てた手紙、学校で先生が生徒に書き取りをさせる「今月のお話」と題する物語で構成されています。
その中の「5月のお話」は、「アペンニーノ山脈からアンデス山脈まで」という題名の物語があります。
これが、後に日本で『母をたずねて三千里』として知られる物語です。日本ではアニメとして放映され、人気を博しました。
イタリアの港町ジェノバに住む少年マルコは、両親、兄とともにつつましく暮らしていました。生活は日増しに苦しくなり、とうとう母アンナがアルゼンチンへと出稼ぎに行くことになります。
マルコは寂しさをこらえて母を見送ります。けれども、やがて母からの便りが途絶えてしまいます。母を捜しに行きたいというマルコの固い決意に父も心を動かされ、長く苦しい旅が始まります。
マルコはジェノバから船に乗り、大西洋を越えて、ブエノスアイレスへ。さらにアルゼンチンの内陸へと進み、ついに母と再会します。
この物語は、マルコ少年の冒険物語です。
でも、それだけではありません。
イタリアと日本の近代史には、よく似たところがあります。
日本が明治維新を迎える少し前、1861年にイタリア王国が誕生しました。それまで、イタリア半島にはいくつもの王国、公国、都市国家がありました。いまのような「イタリア」という一つの国も、全国で共有される標準語としてのイタリア語も、まだ十分には広がっていませんでした。
日本もまた、明治維新によって近代国家へと大きく変わりつつありました。藩がなくなり、国としての制度が整えられ、学校、軍隊、産業、言葉の教育がつくられていきました。
どちらの国も、近代国家になったばかりでした。そして、どちらの国にも貧困がありました。土地が足りない。仕事がない。家族を養えない。そこで、多くの人びとが海を渡りました。
明治時代の日本からは、ハワイ、北米、ペルー、メキシコ、ブラジルなどへ、多くの人が移民として渡りました。イタリアからも多くの人が海外へ移民しました。最大の行き先がアルゼンチンです。イタリア移民の背景には、土地不足、貧困、地域格差がありました。
その時代に、実際にたくさん起きていたことでした。
家族を助けるために、母が海を渡る。
残された子どもが、手紙を待つ。
便りが途絶える。
そして、少年が母をたずねて、海を越える。
『母をたずねて三千里』の背景には、そういう近代化の陰、移民の歴史があります。
アルゼンチン(Argentina)という名は、ラテン語の argentum、つまり「銀」に由来します。スペイン語で「銀」は plata。ラプラタ川(Río de la Plata )は「銀の川」です。けれども Argentina という響きは、スペイン語の plata よりも、イタリア語の argento に近い。スペイン語の国なのに、名の響きにもどこかイタリアを感じます。
もちろん、マルコが海を渡ったのは、銀を求めてではありません。母の声を探すためでした。
アルゼンチンは、スペインから独立した国家です。なのに、なのに、スペインからの移民よりも、イタリアからの移民の方が多かったのです。
アルゼンチンのスペイン語は、イタリア語のように聞こえます。声が上下にゆれ、歌うように話す。スペイン語なのに、イタリア語の抑揚があります。
声は、人と共にあります。
人が海を渡れば、声も海を渡る。
アルゼンチンのスペイン語には、いまもイタリアの声が残っています。
作(文・挿絵・声に出すことば):坂口立考
出典・参照:Edmondo De Amicis『Cuore』「Dagli Appennini alle Ande」
以下のエンパレットノートなど
