Empathemian『Light talks』

Light lets you see things.(光は、ものを見せてくれる)

真っ暗闇では、何も見えません。
光のおかげで、世界が見えます。

でも、話はもう少し複雑です。

実は、光そのものは透明です。
私たちの目に、光そのものが見えているわけではありません。

光のおかげで見えるのに、光は見えない。

この不思議に、とてもおもしろい見方を与えてくれた人がいます。物理学者のリチャード・ファインマンです。

ファインマンは、光の正体である「光子」のふるまいを、こんなふうに語りました。

ふつう、私たちは、光は光源から目に向かって、まっすぐ進むと考えます。でも、量子の世界では、光はひとつの道だけを通るとは限らない。

あらゆる経路を通るものとして考えるのです。

目の前の電球から出た光は、まっすぐこちらへ来るだけではありません。部屋の隅をまわったり、遠くへ寄り道したり、想像もつかない無数の道を通る可能性をもっている。

そんなバカな!
部屋の隅から光が飛んできたようには見えないではないか。

ここに、世界が〈見える〉ことの、意外なしくみがあります。

ファインマンは、光の道すじを、時計の針のように回る小さな矢印で説明しました。

遠回りをした光たちの矢印は、向きがばらばらになります。足し合わせると、互いに打ち消し合ってしまう。

見えなくなるのです。

ところが、まっすぐに近い道を通る光たちの矢印は、向きがそろいやすい。打ち消されずに残る。その残ったはたらきが、私たちの目に届きます。そして、そこに物がある、と見える。

世界が見えるとは、ただ光がまっすぐ進んでいるからではない。見えない光たちが、あらゆる道へ広がろうとし、たがいに打ち消し合い、その中で、ほんの一部だけが残るからです。

私たちは、その残された調和を見ている。

The unseen makes the world visible.(見えないものが、世界を見えるようにしている)

声は見えません。
光も見えません。

でも、声のおかげで、心が見えます。
光のおかげで、世界が見えます。

世界は、見えないものたちの、気の遠くなるような広がりと調和と、引き算でできている。

私たちが何かを〈見える化〉して楽しむ時、それは、ただ形を与えているのではありません。

見えないはたらきが、どのようにして見えるものになるのか。その舞台裏を、ほんの少しだけ、のぞかせてもらっているのです。

作(文・挿絵・声に出すことば):坂口立考
出典・参照:Richard Feynman, QED: The Strange Theory of Light and Matter、以下のエンパレットノートなど

リチャード・ファインマン