コ・プラをはじめるまでの流れ

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❹ オリエンテーション

コ・プラは、エンパシーム以外、準備はいりません。

いろいろな使い方ができます。エンパレットに目を通してみましょう。

コ・プラの概要をもう一度みる

共にいるよ。

哲学は、宇宙の真理探究である。

師と共に学ぶ。友と共に学ぶ。「共にある」という思いが、目に見えない大きな支えになります。その力によって、知識の習得だけではなく、知恵を身につけることができる。それは、楽しいときも、困難なときも、生きてゆく心を支えること。

日本の近代黎明期、井上円了は生涯をかけて、宇宙と心の「不思議」を探求し、その哲学を日本の隅々まで伝道しました。全国津々浦々、その数、5000回以上、人々に直接語りました。

哲学は、本を読むだけのものではなく、実践し活動するもの。生きる対象であるー。

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エンパグラフから

母の、ある日の[ いま ]。
その[ いま ] にそっと、よりそって、声ことばのかよう路が、自然にできる。

フジの花が満開です。

カジカが鳴いています。

アヤメが咲き出しました。

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縁の路へ

その声は、とても穏やかだった。
「このまま、ずうっと続いていくみたい。生と死の境目がある、という気がしなくなったの。このように生きて、このまま続いて、死ぬのだろうなって。」

「生きているように、死も続いているんだね。メメント・モリって地続きだったんだね。」私はそうこたえて、「生の中に死があり、死の中に生がある」ということばを思い出した。十年前、姉が突然のように他界した時から、他者の死が心の中に生きるという実感を抱くようになった。そしていま、母の存在ともじぶんは、地続きであるという気がする。

 

心拍停止の状態が十五分続いた救命室から、母が生還して三年半になる。あの時以来、「毎日が贈りもの」ということばは、家族の合言葉になった。

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❺ プラクティスのリソース