セリフで役立つことばを身につけよう

じぶんを励ましてくれることば。
困った時に役にたつことば。

いつもセリフにして口ずさめば、しっかりと身につきます。
身につく、とは肝心な場面でそのことばが自然にでてくることです。

音で刻むから、音で出てくるのです。

教室で生徒たちが楽しそうに笑っています。

There is someone I trust.

私には信頼している人がいます。
安心して任せられる人がいます。

ちょっと想像してみましょう。

「君が言うようにうまくいくかな?」男の子が言いました。
「あなたがいるから、大丈夫よ」と、彼女が笑顔で切り返しました。

あなたこそ、がんばってね、という機転がきいた、やさしいことばに、みんなが大笑いしたシーン。

横断歩道の光景。
なんか、変ですね。車道の中央で仁王立ちの男性!

There is one thing I know.

確実に言えることがひとつある。
このことだけは、確かだ。

何なんだ、あの人。
何を見ている?
よくわからないけれど、確実に言えることがありますね。

何が起こるかわからないから、注意して進もう。

机の上に分厚い本。
経済学理論の本のようです。

There is no such thing as a free lunch.

ただでもらえるものなんて、ない。
フリーランチなど、存在しない。

フリーランチ、ただで食べられる昼飯、なんてものはない、という意味です。
なんでもただで、何もせずに、得られるものはない、という意味。
じぶんだけ得をしようとしてもそうはいかない、あるいは、世の中の(自然も含めて)しくみは、そうなっていない、ということ。

あたりまえのように思っているけれど、本当はそうではないことがある、との意味あいでどちらも使います。
水、空気、光もフリーランチではありませんね。

この本が、経済学の理論?
そうです。見かけはただでも、コストがゼロなわけではありません。
だれかがどうかが費用を賄う必要があります。

If you don’t try, there is no point arguing.

挑戦しないのだったら、議論する意味がない。
やる気のないやつに教えるなんて無意味だ。
トライしないやつにコーチはいらない。

英語のプラクティスも、このことばと大いに関係があります。
じぶんで、ことばを声にしてやってみないとしたら、英語の上達について議論しても意味がない、と。
プラクティス(じぶんでやってみる、続ける)しないで「どうしたらうまくなるか」を議論しても、無意味ですね。

ことばは、声を出し入れする身体運動です。スポーツ、楽器演奏とおなじく、トライしながら身につけます。

There is no way to happiness. Happiness is the way.

しあわせへの道というものはない。しあわせは、道そのものである。

実は、これはブッダのことばです。「幸福への道」があるのではない。
幸福とは、道を歩むこと、行為・行動そのもの。  

プラクティスもおなじように、練習を実践すること、毎日すること、それ自体がプラクティス。
何もやらずに、実践論を語っても無意味です。 

とにかく、やってみること。
考えるのは、それからで大丈夫。

どうしたらうまくなりますか?
まず、やってみること。
踏み出したら、続けること。

Let’s check!

セリフを演じるから、役立つことばが身につけられる

プラクティスするから、身につく(やらないなら議論は無意味)

まず、踏み出して、やってみて、つづける