エンパシームへの路(2)[存在のありがたさ]に気づく
成人する前から、父が病気で不随になり、声を発せられなくなりました。父が他界するまでの5年間あまり、「ひらがな文字盤」を使い、手と息とまなざしで、ふれあうことを学びました。これがエンパシームの原点です。そのことに気づいたのは、10年前に姉が急逝したことです。その喪失感のおかげで、私ははじめて、存在のありがたさに気づきました。
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