己一人は朝夕安楽の天地に心を遊ばしむるも
広く社会の不幸多苦の人に
せめて精神上の満足を与えんことを祈念して
さきに妖怪の原理を説き
今また、霊魂の不滅を論ずるに至りました

現代語で言うと

私自身(円了)は毎日恵まれた境遇で研究を楽しんでいますが、
広く社会の苦しんでいる人に、
せめて精神的満足を得てもらうことを願って、
最初に妖怪の原理を解明し、
現在は、霊魂の不滅を説明するに至った。

※デカルトの二元論では、物体(物質)と精神がこの世界の実体として存在し、肉体から精神だけを取り除くことができると考えた。その結果、肉体の無い精神(科学者)が肉体だけの物質(客体)に物理法則を当てはめていくことができるようになり、近代科学が誕生したのである。この論点から察すると、近代科学は、肉体から遊離した魂や霊魂の存在を容認していることになる。人間をどんどん切り刻んでいくと原子だけになり、肉体は不滅であることが分かる。しかし、原子レベルでは精神の入り込む余地はないはずである。すると肉体には霊魂が宿っていないことになる。よって、デカルトの二元論では、魂は単独で存在し、肉体には宿っていないとした方がつじつまが合うことになる。そうすると、単独の魂の存在を否定し、肉体に宿っているとするには、一元論を適用するしかないのではなかろうか。

出典:「霊魂不滅論」・第二六回