存するがごとくにして
かえって存せず
存せざるがごとくにして
かえって存するものなりと立てざるべからず。
これを哲理の中道となす。

現代語で言うと

存在しているように見えて、
存在していないと見なし、
存在していないように見えて、
存在しているものであると見なさなければならない。
これを哲学の中道という。

※釈迦牟尼が「四諦・八正道」において説いた「中道」とは、「非有非空の中道」と「非有非無の中道」のどちらか、というものである。すなわち、有と空、有と無との対立を絶することである。 ※東洋哲学では、形あるものの根底には形のないもの、それを「無」とする考え方がある。すなわち実体とは物の根底にある形のないもので、すべての物は目に見えない「無」からできているという。よって一切の「有」は「無」の出現で、形ある物と物は根源にさかのぼれば相互に含むことができ、自己の内に他があり、他の内に自己があると考えられる。

出典:「哲学一夕話」・第二編