ゆっくりと円を描く

ゆっくりと、ていねいに円を描くふるまい。

ゆっくり、ゆるやかに、「ゆだねるひととき」をつくること。それが共感素の作法 [ゆ]です。

「えんろ」で、エンパシーム『ゐ』の円をなぞるだけの、シンプル(素のまま)で、ミニマル(最小限)なAct (行為)を、ひらがな一字で表される「ゆ」という一音に委ね、小さな[ いま ] をつくるのです。そのなかに、エンパシームの連なりが自然に生まれます。

えんろにて

母の、ある日の[ いま ] セッション。その[ いま ] にそっと、よりそって、声ことばのかよう路を。

作法[ よ ]。春らんまんの風が伝わってきます。「み・ち・ゆ・く・と・き・よ」の流れにしたがって、芽生えて、葉っぱと、茎をつけて、育てます。

ものに語りかける

柳田邦男さんは、こう言います。
「おでこを物にぶつけた時、怪我をして痛みを生じさせている部分のみに目を向けるのは、近代科学の視点。さらに怪我の程度を調べて、治療法を決めるのは、近代科学の方法である。その視点と方法に従う時、柱や棚や石という物の側は関心の対象外になる。可哀想と思ってもらえるのは、おでこの怪我をしたところだけなのだ。

声ことばが、写る

声ことば」は、素のじぶん。

声ことばは、ありのままの、シンプルなじぶんです。全身とまわりの空気をつかって、紡ぎ出した、Seed (種)に表れています。

「おはよう」は、1秒ぐらい。「いい天気ですねー」は、2秒ぐらい。ひと息を区切る、小さなじかん単位、声ことばのリズム。Seedの中身が、こんなふうに写りますよ。

出力が学び

読書百遍、意おのずから通ず
(百回、つまり何度も繰り返し読めば、むずかしい内容も自然にわかるようになる)

このことばをどのように受けてとめていますか?
→「そうなんだろう、きっと。頑張ってたくさんやれってことね。」(たいへんそうだなあ。めんどうくさそうだし、よくわからないから、やらない。)
→「そうなのかなぁ。わからない文章を100回読んでも、意味なんてわからないんじゃないか。」(では、やってみる?でも、疑っているので、やらない。)

共に作法をする道具

ママ:のびちゃん!いつまでスマホやってるの!
の:スマホじゃないよ、チャットしてるんだ。
マ:いいかげんに宿題やりなさーい。
ど:みんながやってるんだから。やめろってもムリ。
マ:ドラえもん!なんとかしてちょーだい。
ど:のびちゃん、大切なことをする時間がなくなっちゃうよ。あ、ほかに大切なことないのか。
の:だったら、「しない」スイッチってないの?
ど:のびちゃん自身の「心が変わらないかぎり。。
  じゃあ、「じぶんに手入れする」スイッチ。

やわらぐふるまい

はじめに「やわらぐ作法」

「作法」ということばを聞いて、かたくなったり、構えたりする、まったく必要はありません。

作法というと、お茶の作法、坐禅の作法など、礼儀やマナー、古くからの決まり事のイメージでしょうか。作法とは呼ばなくても、パスやキャッチボールなど、運動でも、料理の手順、楽器や道具の使用などでも、ほとんどの物事には、基本的な所作、大切なルールがあります。それらはみな、作法です。

たなと

「たなと」は、素手でふれあうもの

「たなと」をやさしく手にとってみてください。「たなと」は「手でふれあう相手」「手の友」「たなごころのとびら」という思いをこめて名づけたものです。

[ いま ] のひと時に委ねて、そこで感じられるじぶんを想像してください。

「たなと」は、力を抜いた時の、手のかたちでできる空間のかたちをしています。やさしく手に包まれる時のかたちです。手のひらにのせる、手の中に包むとき、自然に和らぎができます。